東京地方裁判所 昭和36年(行)90号 判決 1966年8月10日
原告 X
右訴訟代理人弁護士 小川栄吉
右同 A
右同 B
被告 武蔵野税務署長
被告
主文
1 被告武蔵野税務署長に対し、
被告武蔵野税務署長が原告に対し、昭和三六年二月二七日付債権差押通知書によって、原告が第三債務者株式会社大林組から支払を受けるべき給料を差押えた債権差押処分を取消す。
2 被告国に対し、
被告国は、原告に対し、金二〇〇、四二〇円ならびにこれに対する昭和三七年七月一七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、被告らの負担とする。
事実
第一当事者双方の求める裁判
一、原告の求める裁判
主文と同旨
二、被告らの求める裁判
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
第二当事者双方の主張
一、請求の原因
(一) 被告武蔵野税務署長(以下単に被告というときは被告武蔵野税務署長をさす。)は、原告が昭和二九年分譲渡所得税を滞納したとして、昭和三六年二月二七日付債権差押通知書で、原告がその勤務先である株式会社大林組(東京支店)から毎月給付を受ける給料債権の差押をした旨原告に対して通知し、原告は同年三月初旬右通知書を受領した。
(二) しかしながら、原告は被告の右差押処分に対して異議があったので、同年三月一四日に被告に対して再調査の請求をしたが、被告は同月二五日付で再調査請求を棄却し、同月二八日これを原告に通知した同年四月二四日原告はさらに東京国税局長に審査の請求をしたところ、同国税局長は同年七月六日付で右審査の請求を棄却した。
(三) 被告は、前記差押処分(以下本件差押処分という)に基いて、原告が右株式会社大林組東京支店から受けるべき給料を、昭和三六年三月から毎月取立てて、昭和三七年七月一六日までにつぎのとおりの金額合計金二〇〇、四二〇円の取立を了した。
本税 九四、一〇〇円
加算税 二三、五〇〇円
滞納処分費 二三〇円
利子税 七七、八九〇円
延滞加算税 四、七〇〇円
(四) 右のように、同記差押は原告が昭和二九年分譲渡所得税を滞納したものとしてなされたものであるが、昭和二九年中には原告には譲渡所得もなく、したがってその旨の申告書を提出したこともなければ、被告からその後決定あるいは更正の処分をした旨の通知を受けたこともない。そこで、仮に被告が決定または更正による譲渡所得税賦課処分をしたとしても、その処分は譲渡所得のない原告に対してなされたものであるという点においても当然に無効であり、またその処分が原告に対して通知されていないので原告に対して効力を生じていない(旧所得税法―昭和二二年法律第二七号―第四四条第七項―昭和三七年法律第六七号による改正前のもの―参照)という意味でも当然に無効であるから、右賦課処分が有効であることを前提としてなされた本件差押処分は瑕疵あるものであって取消さるべきである。
(五) 被告らは、後記建物を昭和二七年九月二二日に原告が訴外藤田貿易株式会社から買入れ、昭和二八年五月一日これを訴外丸伊商事株式会社に売却したというが、そのような事実はない。本件建物の登記簿にはその旨の記載があるけれども、それは藤田貿易株式会社の代表取締役である訴外Cが原告名義の印を偽造して印鑑証明申請書等登記申請をするに必要な書類を作成し、これを用いて本件建物を原告名義に所有権取得および譲渡などの登記手続を行ったものであり、被告のまったく関知しないところである。
当時本件建物の所有者であった藤田貿易株式会社ならびに右Cは、ともに多額の負債があり、これを整理する方法として本件建物およびその所有の宅地等一切を売却し、その売得金を整理資金に充当しようと考え、Cは本件建物および宅地九〇〇余坪を買戻約款付で訴外小田急バス株式会社に売却したが、売主を藤田貿易株式会社あるいはC個人にすると、代金を債権者らから差押えられるおそれがあるので、やむを得ずこれを原告に売却し原告から小田急バス株式会社に売却したように登記簿上の操作をしたものである。そしてCは、その後さらに本件建物を小田急バス株式会社から買戻したうえで、丸伊商事株式会社に売却したのであるが、その登記簿上の操作は被告主張のとおり、原告が買戻し、原告が売却したかのようにしたのであって、原告が本件建物を売却した事実はなく、したがってまたその売却代金を受領した事実もないのである。
(六) 被告らは、課税決定通知書を昭和二九年一一月二日に武蔵野市○○a番地の原告宅宛に納税告知書と共にいわゆる普通郵便で発送したというが、原告はその書類を受取っていない。
原告は、昭和二九年九月一六日以前から吉祥寺の仮寓(番地不明)を引払い、現在の住所世田谷区<以下省略>へ移転している。したがって右決定通知書は原告宛に正しく発信されたものとはいえず、また原告の住所に通送された事実もない。
二、被告らの答弁ならびに主張。
(一) 請求原告(一)ないし(三)の事実は認める。
同(四)のうち、本件差押処分が、原告が昭和二九年分譲渡所得税を滞納したものとしてなされたものであることは認め、昭和二九年中には原告には譲渡所得はなかったとの点を否認し、その余の事実ならびに主張は争う。
(二) 原告は、昭和二七年九月二二日に本件建物を藤田貿易株式会社から買入れ、同二八年五月一二日にこれを丸伊商事株式会社に売却し、おのおのその旨の所有権移転登記手続を経ている。
そこで被告は右の事実に基いて、昭和二九年一一月二日原告に対しつぎのとおり課税決定をし
譲渡所得金額 三八七、八四〇円
基礎控除額 六〇、〇〇〇円
課税所得金額 三二七、八四〇円
所得税額 九四、一〇〇円
無申告加算税額 二三、五〇〇円
右決定通知書(以下本件決定通知書という)を、同日納税告知書とともに、いわゆる普通郵便で、武蔵野市○○a番地の原告宛に発送したので、その頃原告に到達したものである。原告は転居後直ちに武蔵野郵便局に転居届を提出していたものであるから本件決定通知書も原告の転居先である世田谷区<以下省略>に転送されたものである。
原告が本件課税決定通知書を受領して課税決定を了知していたことは、昭和三二年四月原告が世田谷税務署長から国税滞納処分による給与債権の差押を受けた時、その父であるCとともに世田谷税務署に出頭し、藤田貿易株式会社が提出し原告が裏書した小切手を提供して、その差押を免れようとし、あるいはその後原告およびその妻が、前後五回にわたって世田谷税務署ならびに武蔵野税務署に出頭して本件課税の取消を懇請した事実からしても明らかである。(以下予備的主張及び証拠関係省略)
理由
一、被告は、原告が昭和二九年分譲渡所得税を滞納したとして、昭和三六年二月二七日付債権差押通知書で、原告がその勤務先である株式会社大林組から毎月給付を受ける給料債権の差押をした旨原告に対して通知し、原告は同年三月初旬右通知書を受領したこと、被告は本件差押処分に基いて、原告が右株式会社大林組東京支店から受けるべき給料を、昭和三六年三月から毎月取立てて、昭和三七年七月一六日までに合計金二〇〇、四二〇円の取立を了したことについては当事者間に争いがない。
二、被告らは、被告武蔵野税務署長は昭和二九年一一月二日に本件決定通知書を納税告知書とともに、普通郵便で、武蔵野市○○a番地の原告宛に発送したのでその頃原告に到達している、と主張するに対し、原告は、被告ら主張の書類を受取っていない、と主張するのでこの点について考えてみる。
三、成立に争いのない甲第三号証、同乙第一号証、証人Dの証言ならびに原告本人尋問の結果を総合すると、昭和二九年当時武蔵野税務署においては、課税の決定がなされると、税務課賦課係から同課管理係へ決定告知書ならびにその副本が回付され、管理係においてそれに基いて納税告知書を作成し、その後右決定告知書に基いて納税者の住所氏名の記載してある一人別徴収簿へ決定の内容を記載し、決定通知書を納税告知書と同封のうえ、納税告知書発付決議簿に登載してこれを税務係に回付し、同係において納税者に右決定告知書ならびに納税告知書を郵便で発送することになっていたこと、右一人別徴収簿のうち原告分(乙第一号証)については、原告の住所として○○aと記載されてあり、一一月九日付で税額金九四、一〇〇円の決定がなされ、さらに昭和二九年一二月八日に税額金二三、五〇〇円(を納付すべき旨)の納税告知書が発せられた旨記載されてあること、もし決定告知書ならびに納税告知書がその名宛人に到達しないで返送されてきた場合には前記一人別徴収簿にその旨を記載する取扱になっているけれども本件の場合にはその旨の記載がないこと、原告は昭和二六年か二七年の頃から武蔵野市○○b番地かまたは同所a番地に住んでいたが、その後昭和二九年九月頃そこから世田谷区<以下省略>の現住所に移転したものであることをそれぞれ認めることができ、右認定に反する証拠はない。
右認定事実によれば、本件決定通知書は、原告宛に発送され、しかもその後配達不能ということで返送されたことはないものというべきである。しかしながら原告はすでにその頃宛先である住所地にはいなかったのであるから、返送された事実がないということから更にすすんで原告が本件決定通知書を受領したであろうと推認することは通常の事態に反するから適当ではない。もっとも成立に争いのない乙第二号証、同第三号証を総合すると、原告は前記武蔵野市から世田谷区へ転居するにあたり、武蔵野郵便局に転居届を提出していたものであると確認され得なくはないが、仮にそのような事実があったとしてもそのことからただちに本件決定通知書が世田谷区の原告の現住所へ転送され、原告がこれを受領したものと確認することはできない。
けだしたとえ配達を所管する郵便局に転居届が提出されていても、大量の郵便物を限られた設備と人員ですみやかに処理しなければならないという郵便業務の性質上、とりわけ特別扱いによらない本件のようないわゆる普通郵便による(本件がいわゆる普通郵便によったことは被告の自認するところである)通常郵便物が、その転居者に転送されずその宛先とされた転居者の旧住所に配達されてしまう可能性のあることは後記認定のような事情のもとにおいては、成立に争いのない甲第七号証の一、二の記載をまつまでもなく、経験則上十分にこれを首貢しうるところであるのみならず、およそ郵便法が郵便物の誤配や送達途上における忘失の場合についての配慮をしていること、特に送達が問題となる場合におけるその証明方法の確保について特別の制度をもうけていること、からみて明らかである(例えば同法第五五条、第六二条等)からである。そのうえ証人E、同Fの各証言ならびに原告本人尋問の結果を総合すると、原告は藤田貿易株式会社の代表取締役であったCの娘の夫であるが、藤田貿易株式会社はすでに昭和二七年頃から多額の借財を負っていて、その所有財産の差押を受けたりしたこともあったので、Cは債権者の追及を免れるため原告に無断で本件建物の登記名義を原告のものにしておいたこと、原告は昭和三二年に被告から給料の差押処分を受けて始めて自己に対して課税処分がなされたことを知り、Cと同道して世田谷税務署へ赴いて事情を説明したこと。
原告が武蔵野市から世田谷区へ移転する直前は、原告と藤田貿易株式会の事務所ならびにCの自宅とは同一の屋敷内にあり、藤田貿易株式会社の事務所が右屋敷のうちで最も道路に近い方にあったので原告やC宛の郵便物は右会社事務所の郵便受に配達されることが多かったことなどの事実を認めることができ、右認定に反するかのような甲第四号証はその真正に成立したものであるとの点についての立証がなく他に右認定を覆すに足る証拠はない。そうすると原告が世田谷区へ転居するにあたり武蔵野郵便局に転居届を提出していたとしても、本件決定通知書が原告の転居先へ転送されることなしに、藤田貿易株式会社の事務所の郵便受に入れられて、Cによって受領されたうえ、いわばにぎりつぶされてしまったという可能性はかなり高いといえるのであって、かような高い可能性を否定して、本件決定通知書が武蔵野税務署に返送された事実がないということから、原告が転送された後の右決定通知書を受領した旨認定することも適当でない。
以上説明のとおり、結局本件決定通知書が原告に到達した点についてはその証明がないことに帰するから、被告ら主張の課税処分は原告に対する関係ではその効力を発生していないものといわざるを得ない。
そうすると右賦課処分が有効であることを前提とする本件差押処分は瑕疵あるものであって取消を免れない。よって原告の主張を正当とし主文のとおり判決する。